viva

Sound of Silence 






クタクタになって仕事帰りにスーパーで買い物して自宅に戻り

買った荷物を玄関にチョット置いておきました。

・・・そう、ほんの2分くらい。

車を車庫に入れて戻る、ほんの少し。










DSC02063事件

・・・おい、なにかおかしいのではないかね ?

マダムはフリーズしました。

そう、私は疲れている。とてもとても疲れ切っている。

だから幻覚なのかもしれない。

そこに転がっている赤いモノは疲れた私の幻覚なのよ・・・










DSC02065ない

3個入りのトマトちゃんがーーーー !!

2個になってるよねーーーーー !!

大きな穴、空いちゃってるよねーー !!











DSC02067犯人

「大変、おいしゅうございました。」


ジジイぃぃぃぃぃーーーー !!



チーム・チンピラは危険を察知し、逃げていました。

チンピラたちの逃げる足音すら聞こえず、気配すら感じないということは

おそらく私がちょっと居なくなった途端に漁りはじめ

「ヤバいっすよー、センパイ~」

「マジ、それは殺されますってセンパイ~」

と、早々に逃げたものと思われますよ。

シャンプー14歳。未だ食欲と悪事は衰えず。

というか、食への執着はひどくなるばかりですがな。










DSC02088証拠

ぬおおおおおおおおーーーー !!


まったく、耳が聴こえないのをいいことに 最近はやりたい放題ですよ。

もう爺さんだし、余生は好きに過ごしなさいよと シャンプーだけは

あまり叱らないことが完全に裏目に出てますよ。

どんどんスキルアップされて、ハルより悪事が多いじゃないか。










DSC02086アップデート

「最新版にアップデートされました」



・・・その機能、次回からオフでお願いします。










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秋の行楽に向けて、8月にシャンプーの念入りな犬ドッグをしてきました。

診察1番に乗り込んだのに、終わったのは診察終了時間で

4時間も病院に缶詰。










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エコー検査までしてもらって、先生からは・・・

「14歳とは思えないほど素晴らしい結果。」

・・そうですか。それは5万円払った甲斐があるってもんです。(涙)

肝機能が引っかかる数値ではあるけれど、薬を出すほどではなく

年相応というより、この年齢ならもう少し悪くて普通なくらいだそうで

でも肝機能を高めるサプリを処方してもらいました。

心配していた心臓も問題なく、持病のてんかんも軽いので

体への負担を考えたら、かえって薬は飲まないほうが良いということでした。










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相変わらず、サンポも大好きで食欲旺盛で

リーフとハルに自らケンカを売る14歳です。










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トマト事件から2日後。

自宅に戻ってきたら、いつものように玄関でお出迎えしてくれたシャンプー。

抱っこ ! 抱っこ ! といつものおねだりで抱っこし

疲れ切っていた私は、シャンプーを抱っこしたまま

リビングのソファで横になり、そのままうたた寝していました。










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30~40分ほど うたた寝したでしょうか。

寒さで目が覚め、足元には、リーフとハルが寝ていました。

胸に抱いていたシャンプーを起そうとモジャモジャの体をなでながら声を掛けました。


「ちゃんぷー。起きるよー」










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シャンプーは、私の呼びかけに反応することはなく

二度と目を覚ますことはありませんでした。

私の腕の中で静かに息を引き取っていました。

触れた体は少し冷たくなっていました。










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冷たくなっていくシャンプーを抱きしめたまま

暗い部屋で数時間過ごし、ふと我に返り夜勤の夫に電話しました。

何を話したのかな ? 

急いで帰ってきた夫は泣いていた。










20140820231243d30もじゃ


2015年9月23日。

シャンプー14歳10ヶ月でした。


10月のシフトが出て、10月の旅行の予約をした翌日でした。

その旅行にシャンプーもいることを信じて疑うことすらなく。










10297569_420953524713405_6809322915752622707_nサングラス

念入りに健康診断をして1ヶ月。

特に心配される要素もなく。

いつもと何ら変わらない毎日で、この日の朝も元気すぎて

夫と私を上手く騙して、みんなの倍のオヤツをせしめたほど。











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2000年 11月 1日生まれのシャンプーは、鈴木家の三男坊。



わんわんランド(仮称)の非売犬・コンパニオンドッグでしたが

ひどい皮膚病で手放されました。

炎天下の中、カラの水入れをひたすら前足で掻いている姿が

初めてシャンプーを見た瞬間でした。










20140820231245e91もじゃ

テディ・ベアカットでトイプードルの人気がじわりじわりと上がり始めた頃に出逢いました。

が、本音を言うとトイプードルは まったく興味のない犬種でした。

おとなしく、「ザ・愛玩犬」というイメージが強かったトイプードルは

アクティブに動き回ることが好きな我が家では、向かないと思っていましたが

運命を感じ、家族に迎えました。

シャンプーは、1歳半でうちのコになりました。










トリミング

ひどい皮膚病で、毎日、毎日、薬浴シャンプーの繰り返し。

初めは、新しい環境におびえ、痛む体に体を震わせ

食事すらまったく食べてくれませんでしたが

少しづつ私たちとの距離が埋まり始めました。

傷に沁みる、嫌な薬浴シャンプーだけど

これがキミを元気にし、幸せをもたらせるよ。

シャンプーはイヤなものじゃなくて、幸せへのツールなんだよ。

そんな想いで「シャンプー」と名付けました。










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すっかりお風呂が大好きになり

皮膚病もすっかり治った頃は、我が家に来て1年が経っていました。

その頃、引き取った「わんわんランド(仮称)」から電話があり

「元気にしていますか ?」と連絡がありました。

ひどい皮膚病だったことを、少しでも気にかけてくれいたのかと

心がキュッとなった瞬間、次に発せられた言葉は

「レッドのトイプーの子犬が欲しいから、交配犬として譲って欲しい。お礼は出す。」でした。

生まれて初めて、人に怒鳴った。

時は、空前のトイプードル・ブームがはじまる兆しを見せていました。










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可愛い見た目とは裏腹で、すごい運動量でアグレッシブ。

そして、ケンカ上等 !

売られないなら、売ってやるぜ !! スピリットで

いつもリーフにケンカを吹っかけていました。

・・・そして全敗するという。










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若くて、キレイなお姉さんが大好きで

いつのまにか、しれ~と付いて行く。










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めちゃくちゃ甘えん坊で、とにかくマダムにベッタリ。

トイレもお風呂も、掃除も洗濯も。

とにかくベッタリで、物陰からひっそりとマダムを見つめていることに気づくときなんて

恐怖すら感じたほど。










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私の母が泊まりに来ると、うちの犬たちは母にベッタリで

寝る時も、母のそばを離れない裏切りっぷりを見せる中

シャンプーだけは、必ず私のそばにいてくれた。

そう、いつだってシャンプーは ずっと私のそばにいてくれた。










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シャンプーの葬儀は、私たち家族だけで見送りました。

すべてが終わってから、私の実家にだけ連絡しました。


シャンプーを失ってから、毎日、毎日、ひたすら家中を掃除し

アホみたいに、リーフとハルをサンポさせる。

それでも、夜ベッドに入った時と、通勤の車の中だけはどうしようもなく。

溢れる涙を止めることができなくて

心が決壊した。










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シャンプーを失ったことを誰かに話してしまったら。

優しい言葉をかけられたら。


きっと、私は立ち上がれなくなる。










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「まったく。私がいないと生きていけないね。」



口癖のようにキミたちに言っていたけど

生きていけないのは私だったよ。










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愛しき日々をありがとう。




繋がってくれたみなさんに、本当に本当に心からのありがとう !!







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6044日 







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母の誕生日旅行の新潟で、驚くほどご機嫌に動き回っていたノエルが

旅行に行って1週間後に突然、食事を取らなくなって3日目。

病院で精密検査を受け、その結果待ちをしていました。










20140721233230bc3 泳ぐノエル

食欲以外はとても元気で、何も変わらないノエル。

食事も、なんだか食べたそうにはしてるのに、口に入れるとモゴモゴしてからペッ ! と吐き出す。

「口の中が痛いのかな ?」 


水分は、いつも通り取ってるんだけどな・・・

旅行でハシャギすぎた。そうあって欲しい。

夫婦で同じ思いでした。検査の結果を まだか、まだかと待っていました。










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夕方、先生から検査結果の電話がくる。



「単刀直入にお話します。 ノエルさんの腎臓の数値が非常に悪くなっています。

病名は「腎不全」です。とても深刻な状態にあります。」




腎臓は、なかなか自覚症状が現れにくく

また早期発見は不可能であり、見つかっても完治は出来ないということ。

腎臓という機能自体が非常に脆弱な器官であるので、老犬には一番に問題が出るということ。

腎臓の70%以上がその機能を失った時に初めて検査結果に現れ

それまで機能を失っていても、正常に動くため ほとんどが長い間検出されないということ。

そして、一度壊れた機能は どうやっても治すことは出来ず 治療法はないということ。

ノエルの場合は、すでに腎不全の末期であり

末期症状の特徴として、食欲不振、下痢、嘔吐であるということ。

常にひどい二日酔いのように、気持ちが悪く 胃が荒れ、口の中も荒れるため

食事は一切受け付けなくなるということ。




・・・まったく言葉が出てこない。

食事を取らない以外は、何も変わらないいつものノエルなのに ?












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「・・・鈴木さん ? 聞こえてますか ?」


先生の声が遠くに聞こえるような気がする。



「これは、誰のせいでもないんですよ。

ノエルさんのせいでも、鈴木さんご夫婦も、誰も悪くないんです。

ノエルさんの腎不全は、明らかに加齢によるものであると断定できます。

最近は、医療も食事も良くなって長生きするペットちゃんが増えています。

ネコちゃんは、特に20歳なんて子も珍しくなくなってきてます。

でも、ワンちゃんの16歳はなかなかいません。

ましてや、ノエルさんのように たくさんの病気を抱えながら大きな変化もなく

ここまで元気だったのは、やっぱり飼い主さんの力なんです。

だから、ノエルさんのためのこれからを一緒に考えましょう」


そう電話はしめくくられました。

ただ、ただ、ノエルを抱きしめて泣き続けるだけでした。


その日の夜から、ノエルの下痢が始まったのです。

食事を取らなくなって3日目の夜のことでした。










DSC_3858ノエ桜②

食べなくなって4日目。


翌日、仕事を終わらせ ノエルを連れてぶっ飛んで病院へ行きました。

会社から自宅まで1時間半、自宅から信頼できるかかりつけの病院まで更に40分以上かかることが

とてもイラ立たせました。

でも本当は、自分の無力さに腹が立っていたのかもしれません。



まったく食事が取れないノエルに、栄養補給と少しでも気持ち悪さを取るための治療をすることを決め

点滴をすることにしました。

①出来る限り通院して、皮下点滴をするか。 

②3日くらい入院してより効果が高い、静脈点滴を時間をかけてするか。


この二択を提案され、先生はもし入院を希望するなら早い方が良いと言いました。

知人のネコちゃんが腎不全で、1年近く透析をしていると聞いたことを思いだし、それを問うと

「ネコちゃんとワンちゃんの腎不全は、かなり違い、透析設備もあるが

飼い主さんの経済的負担がものすごいことと、なによりノエルへの負担も大きく

その性質上、機械をつけたら途中で止めることはできないし、

透析による効果と支払う金額は まったく見合わないし現実的ではない」と言われました。


夫は、入院させたほうがいいのかな・・・とつぶやき

私は、勇気をふりしぼって聞きました。


「先生、ノエルを診ていただいて、医師としての今後の見解はどうお考えですか ?」












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長い沈黙を破って、言葉を選びながら言う先生。


「・・・獣医師として、この症例のワンちゃんは非常に余後が難しいと知っています。

この数値は本当に厳しいです。 今、元気なのが奇跡です。

急激に悪くなると思います。

・・・長くても夏は越せないと思います。 1週間から10日・・・でしょうか。」




頭をバットで殴られたようだった。


「入院はしません。毎日、通います。一緒にいたい」


そういうのが精いっぱいでした。

夫も、賛成してくれました。


ノエルが食べなくなって4日目の決断でした。 

たった4日で体重は3,7kgから 2.8kgにまで減っていました。










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食べなくなって5日目。


目に見えて弱って行くノエルを見ていて、家族だけには知らせようと決心しました。

ノエルに残された時間が短いようですと、家族にSNSで伝えると

すぐ返信があり 驚いた妹も弟もすぐに会いに行くと言ってくれました。

母は、やはり手が離せない事情があり ただ、ただショックを受けていました。

5日目の夜の出来事でした。










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食べなくなって6日目。


昨日、知らせたばかりなのに 弟夫婦がノエルに会いに飛んできてくれた。

来る予定だった妹は、子供がウィルス性の病気になってしまい

来れなくなったと伝えてきたときは、本当に悔しそうでした。

「なんとか時間見つけて行くから !」 そう言い残しました。










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姪っ子(妹の子供) とノエル



ノエルを家族に迎えた時は、妹は高校生で弟は大学生でした。

そんなふたりも、大学を卒業し、就職し、今は結婚して家庭を持ち、子供まで生まれています。

私たち夫婦には子供もなく、大きな変化もないまま、

ただ水が流れるように時が過ぎていたように思えていましたが

ノエルと過ごした16年という時の歴史の重さを改めて知りました。



相変わらず、まったく食事は取っていないため、痩せて力がなくなってたけど

寝ている姿はいつものノエルで、撫でられると嬉しそうにしたり、久しぶりに会う弟を目で追ってました。

「元気そうで、ホッとしたよ。ノエルがんばれよ」

そう言って弟は帰っていきました。




確かに元気そうで、嬉しそうにしていたノエルですが

この夜から、突然、2時間おきの激しい嘔吐を繰り返すようになりました。

何も食べていないので、まっ黄色の異臭のする胃液を吐くように。

夜が明けるまで吐き続ける姿は本当に辛そうで、

もうクビになってもいいから、使えるだけ有休を使おうと決める。

朝、会社に連絡し、義父が入院したとウソをついて4日間の有給を取った。












DSC00178病院

食べなくなって7日目。



朝一で病院にぶっ飛んで行った。

点滴をしてもらうとラクになるようで病院に行った日は元気になっていた。

2時間おきに嘔吐すると伝えると

「強い吐き気止め、使ってみましょうか」と先生。

本来、この薬は使わないという。使ってしまうと薬が効いているのか

体調が良くなっているのか、治療効果の判断が分からなくなってしまうからだと説明をされた。

でも、吐く行為は、すごく体力を消耗させるし、何よりノエルがツライだろう。

とにかくノエルの負担を無くしましょうと言ってくれた。


でもその薬を使うということは、回復は見込めないという状況に来ている証明なのだとも

いえるのだと、また泣き続けた。










DSC00213最後のショット


ソファの上がお気に入りで、食べなくなってからずっとここにベッドを作っている。

夜は、一緒に寝室で、いつもの場所で寝ている。

私や夫がそばに居ないと不安なのか、姿が見えなくなると

上半身を持ちあげて、私たちを探すようになりました。

やはり何を用意しても、食べ物は受付けてくれず

服の上からでも、背骨が容易に分かってしまうほど痩せたノエルの体をなでながら

食べさせちゃダメな人間の食べ物でもいい !! 食べてくれるならなんだっていい !

何か食べてくれないだろうかと、切実に願うようになった。














DSC00209水をのむ


弱った体で、ソファからピョーン ! と飛び降り、ヨタヨタと水飲みまで歩いていくノエル。

いつでも、すぐ飲めるようにと、ベッドの横に用意してある水飲みは見向きもしない。

でも、ここまで来たのに水を飲もうともしない。

私が器をノエルの前まで持っていくと、嬉しそうに飲む。

どんな仕草にも涙がこぼれて、こぼれて止まらない。

飲んだあとかなり長い時間、5分くらいこのポーズのままここにいて私をジッと見ている。

「ベッドへ戻ろうか」と抱き上げようとすると、嫌がりその場を動こうとしない。










DSC00211くれよ

もっと飲みたいのかと、器を近づけても飲まず、そのうち、ここでへたれこむ。

本当は、自分の力で飲みたいと思っているのかもしれない。

もう1週間も何も口にしていないんだもの、本当はすごくお腹も空いてるだろう。

本当は、なにか食べたいだろうな。

そう思うと 嗚咽が出た。










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食べなくなって8日目。



この日の朝から、自力で水分を取ることが困難になり、

スポイトと吸い飲みで1時間おきに飲ませるようになった。

点滴をしてもらい、自力で水分摂取が難しくなったので

何か経口飲料で医療用のものはないか聞いたら、電解質サポート飲料の粉をくれました。


診察で、いつもなら「まず体重を量りましょう」という先生が初めて その動作を黙ってはぶいた。

体温も計らなかった。

私は何も言わなかった。

先生は黙ってノエルを優しくなでながら、聴診器を当てていた。

前日までは、診察台に乗っているのがイヤで聴診器を当て終わると

抱っこ ! 抱っこ ! とよじ登ってきていたのに、たった1日で もうその気力は残ってなく

おとなしく診察台に横たわっていた。

完全に後ろ足の肉が落ち、もう立ち上がれないほど痩せていた。

一通りの診察を終え、頭を持ち上げて先生の顔をのぞきこむノエルに

「ノエルさんは、本当に目がキラキラだね。16歳には見えないハンサムだ」

と言って頭をなでてくれた。


もう、点滴はやめようと思った。

点滴での回復にも、すぐに限界が来ると初めに言われていた。

通院を始めて5日、通院するだけでもノエルには負担だろうと感じた。

もう十分だと思った。

先生もきっと、同じことを思っていると感じた。 

でもきっと、どこまでしてあげるか、してあげたいかは飼い主にまかせているのだろうと思った。

病院の帰り道、車の中で初めて声をあげて泣いた。










20120914204146944 幕張ノエル

食べなくなって8日目の夜から寝たきりになった。

自分で体動できないので、2時間おきに体の向きを変えて、ひたすらマッサージを増やした。

吸い飲みでの水分補給もままならなくなった。

昨日までは、1日こどに急激に悪くなっていると感じたが

今日は、更に早いスピードで悪くなっていると感じた。

でも、苦しそうとか、辛そうという素振りはまったく見られなかった。

それが救いだった。










DSC00221最後のトイレ


そんなノエルが、夜にふと起きて、突然ソファを飛び降りた。 

びっくりした。 心臓止まるかと思った。

私の静止を振り切り、トイレのある方へ ヨタヨタと歩く。

でも、トイレの場所までは行きつけず、トイレのある部屋にギリギリ入ったところで

出ないウンチをするノエル。


・・・何も食べてないのに・・・何も出ないでしょう。

具合悪いんだから、垂れ流したっていいんだよ。

ノエルのことなら、なんだってするんだから !!

もう立ち上がる気力もないはずなのに、力を振り絞って いつものように行動するノエルの姿に

また涙が止まらなくなった。

この夜から、おむつをすることにした。食べなくなって8日目の夜のことだった。










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食べなくなって9日目の朝を迎えた。


この日は、私の有給最後の日だった。


昨夜の心配がウソのように 元気そうだった。通院をやめた。

歩く気力はなかったけれど、ちょっとそばを離れると 上半身を起して私を探していた。

リーフとハルが遊んでいるのを覗き込んだりしていた。


ずっと寝てばかりだったノエルが、この日は、ずっと起きていた。

夕方になると、抱っこをせがんでくるほどだった。

抱っこして、少し庭に出てみると シッポをバンバンと振って喜んでいた。

バラの葉っぱの匂いを嗅ぐ仕草を自ら見せた。

嬉しくて、嬉しくて、たまらなかった。

心配してちょこちょこ仕事中に連絡してくる夫もすごい喜びようだった。

「やっぱり点滴すると調子いいのかな ? 食べれるようになったら

A5ランクの和牛あげような !」 と夫。

・・・私だって食べたことないぞ。


いつもの明るい雰囲気が戻った。










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母から連絡があり、明日は自宅に帰れるから、ノエルをみてくれるという。

安心した。

さすがに、これ以上 有休を引き延ばすことは難しかった。

今日は、だいぶ調子も良いみたいだし、明日 ノエルの大好きなお母さんに会ったら

本当にA5ランクの和牛が食べれるほどになれるかもしれない。

夫も同じことを考えていた。



この日の夜、リーフとハルがおもちゃの取り合いを始めたので

本気のバトルになる前にと、仲裁に入った。

ふと振り向くと、ノエルが私を追って すぐ後ろまでフラフラと歩いてきていた。

すぐ倒れそうになり、あわてて支えて、抱きしめて泣いた。


ありがとね、ありがとね。ちゃんといるよ。そばにいるよ。

ずっと一緒だよ。

聴こえない耳に、何度も言った。










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早朝、出勤前に母と会い 世話についての細かい説明をした。

やっぱりノエルはすごく嬉しそうだった。

食べれなくなって10日目。

やっとノエルは母に会えた。

「急いで帰ってくるからね !!」 そう言って家を出た。



やはり、仕事が手につかない。時計ばかり見てしまう。

午後13時。 母にノエルの様子を尋ねるメールをしようか迷う。

午後13時15分、 打ち合わせ相手が来たと連絡が入る。

何かあれば連絡があるだろう。あえて手を煩わせることもないだろうと

メールで連絡することを諦め、携帯の電源をサイレントにして打ち合わせへ向かう。

会社の壁掛け時計を見ると、午後13時20分だった。










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打ち合わせが終わり、トイレに駆け込んで携帯のメールをチェックする。


トイレで泣き崩れた。


「午後13時20分。 ノエルはレインのところへ逝ってしまいました。」

母からのメールが届いていた。










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食べれなくなって、ちょうど10日目。

7月25日、午後13時20分。 ノエルは大好きな母に抱かれて虹の橋を渡ってしまった。

16歳6ヶ月でした。



冷たくなったノエルは、まるで寝てるように安らかな顔だった。

痩せた体を抱いて、優しくマッサージしていたら

突然、足を突っ張ったかと思うと、眠るように息を引き取ったといった。

まったく苦しむこともなく、あっという間だったという。

最後までノエルらしく、ノエルのままだったと母。

妹は「ノエル、お母さんに会うまで待ってたんだね」と言った。










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昨日まで有休を取っていたのに。


「だからよ。」 母が言った。

「4日間もずっと甘えられたんだもの。目一杯、4日間甘えて満足したのよ」



もう。言葉は出なかった。



あれを選んでいれば。これを選んでいれば。

分かっている。 2年前、突然レインを失った時にイヤというほど思い知らされた。

どれを選んでも、選ばなかった方を悔やむのだ。


そして、大切な家族を失った時よりも、その後のいつもの日常の方が

ずっと辛く、流れる涙も多いということもレインを失った時に知った。

居たはずの場所にいないこと。

もう染みついている、キミへのルーティン・ワーク。

「あ、居ないのか・・」と、クスッとしたかと思うと次には嗚咽に変わる。










DSC_3929 ファミリー

あっという間の10日間だった。

ノエルもレイン同様、私の手を煩わせることなく ほとんど介護は必要なかった。

駆け足でみんなに挨拶し、静かにいってしまった。










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ありがとう。出逢ってくれて。

キミが教えてくれたことは あまりに多すぎて。

これから先、キミのいない日々を うまく歩けるのか不安で仕方がないよ。

私を強くするのはキミだけど、弱くするのもキミなんだよ。










DSC_3403ビバ

一緒に過ごした6044日。

私は幸せでした。











ノエルを可愛がってくれたみなさん、ありがとー !




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4067日 



20111129220048401 レイン4067日

子供なしの鈴木家にとってゴールデンレトリバーのレインは、次男坊。







201009231302121e6レイン4067日

水が大好きで、プールに入ったら倒れるまで泳ぎ続ける。ばかちんレトリバー。

なぜ疲れたら休まない ! 少しは脳みそ使いなさい ! と、何度夫婦で言ったか。






2011112809343153aレイン4067日


もちろん海も大好きで、何より海が大好きなムッシュ(夫)と時間を作っては海へと車を走らせ

日が暮れるまで泳いだ。

レインはムッシュの良き相棒、大切な相棒になった。








DSC_9033 春の雪とレイン

実は鈴木家の家族になる前に2度、飼い主に捨てられた経験を持つレイン。



小さな子供を抱える夫婦が念願の新築購入とともに家族に迎えたが、

新築の家を走り回るまだ幼い大型犬は、家族の理想とした生活とはかけ離れ、大きな負担になった。

たった4日で手放した。



二度目は、ひとり暮らしの中年男性が番犬にしたいと迎え、

まだ1歳にもならないレインを迎えた初日から、真冬の外で飼い、

「働かざるもの食うべからず」と、

エサもサンポも、少しの愛情も与えてもらうことが出来なかったレイン。

もう、いても立ってもいられず、ポケットマネーで全額払い戻しをして

レインを連れて帰ってきた。







img_6ffa6fe2929079e99483105ee7cb1016945c60d7レイン4067


そんなレインを家族にしたいと言い出したのは、当時は恋人だったムッシュだった。

ペット可の賃貸アパートで同棲を始めたばかりの頃で

規約には、犬のサイズや頭数の制限を記す記載は無かったものの

不動産屋に大型犬を飼うことを許可してもらいたいと、何度もお願いするが首をタテにふってくれず

渋る不動産屋に頼みこみ、オーナーさんに直接、頼まさせて欲しいと強引にオーナーの自宅まで

連れて行ってもらった。

「オーナーさんがダメって言ったら諦めてくださいよ」と不動産屋。



「ダメだったら、引っ越しだなぁ」と小さくつぶやくムッシュ。

まだ引っ越して1ヶ月も経ってない。

もうレインは心の中では家族だったんだよね。






DSC08724レイン4067日


当時、ふたりともペットショップの社員であったこと、自らの提案で規約以上の補償金と礼金を払うと

申し出たこと、聞かれてもないのに、どれだけレインがイイコか、コンコンと話しました。

年老いた、男性のオーナーさんはあっさりと「いいんじゃないの」と言ってくれた。

私たちは、抱き合って喜んだ。不動産屋は呆れてた(笑)


初めての大型犬との生活なので、なにもかもが勉強でとにかく必死だった。









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犬が大嫌いで、犬が寄ってこようものなら、ダッシュで逃げていたノエルが

唯一、心を許したのがレインだった。

初めて会わせた時から、ふたりには目には見えない繋がりがあると感じた。

ウチに来たその日から寄り添っているふたりを見て胸がぎゅっとなった。

シアワセって、こういうことなんだなと思った。

どんなことがあっても守るから ! そう心から思わせた瞬間だった。





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小さな子供にも優しくて










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初めて会う人にも優しくて










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どんな犬にも優しくて。



ムッシュの実家でも、私の実家でも、そして親戚にまでも愛されるコ。










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11歳になったけれど、パワーは相変わらずすごくて元気ハツラツ。ハツラツ過ぎて叱るほどだった。

ノエルと違って、レインは自制が効かない。とことん動き回り、とことんまでやりきる。

具合が悪くなるまで、動けなくなるまでやるのだ。

常にフルパワー、いつだって全力投球。

青年犬の頃は、そこが可愛いところであったんだけれど、シニアになった今はそれが危険な要因となり

注意が必要な毎日だった。












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いつもより遅い桜の開花となった今年。

その桜が葉桜へと変わりつつあった4月15日。





いつもと変わらない朝だった。

久しぶりに夫婦そろっての休みとなり、「海でも行こうか」と話していた。

いつものように朝5時半、洗濯カゴを抱えベランダへ洗濯物を干しに行こうと振り向くと

これまた、いつものように通路のど真ん中に寝ているレイン。

「もうーーーーー ! 通れないよ ! 自分のベッドで寝てよ !」と毎度同じやりとり。

見慣れた光景に、ダイニングからその様子を見て笑っているムッシュ。


いつもなら、シッポをバンバン振ってスクッと起き上がり、こっちこっちと先導するレインなのに

この時、なんだか一瞬、辛そうに見えた。

立ち上がると、玄関へ行きもうサンポのおねだりポーズになっていた。



「なんかチョット変じゃなかった ?」 「・・・うん・・」



一瞬、嫌な気持ちが脳をかすめた。

理由はない。ただ直観的に感じた。




「でも、サンポに行く元気はあるみたいだね」














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この日は、珍しくノエルもサンポに行きたがった。

久しぶりに家族みんなでサンポへ行った。

いつものサンポコース。 久しぶりの良い青空。「んん~ ! 海日和だねぇ♪楽しみだねぇ♪」

そんな会話をした。

折り返し地点で突然ヘナヘナとレインが倒れた。

地面に伏るように倒れ込んだレインは意識はあるものの、まったく起き上がれなくなっていた。

慌ててチビ3頭を抱えて自宅に戻り、タオルケットを抱えてレインとムッシュのもとへ走った。

タオルケット担架でふたりで自宅まで運ぶと、ヨロヨロと起き上がり

いつものように朝ゴハンを催促してくる。

ゴハンをペロリとたいらげ、今度はフラフラとオヤツコーナーまで行き、オヤツくれと催促する。


「朝イチで検査してもらおう」









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かかりつけの獣医に飛び込んだ。

病院へ行く車の中では元気を取り戻し、起き上がってシッポをバンバン振りっぱなしだった。

大好きな病院だとわかると、車から飛び降りて病院までダッシュで入って行くレイン。

待合室に入るなり、またヘナヘナと倒れてしまった。

診察中だったダイスケ先生がすぐに飛び出てきてくれて、その場で診てくれた。

今朝の出来事を、何をどう説明したのか覚えていない。

ただ、いつも優しい笑顔のダイスケ先生の顔が、とても厳しい顔になっていた。

初めて見る顔だったことだけが記憶にある。


「夕方まで、検査のため預からせてください」と言われた。

自宅に戻り、しばし呆然とする。

「レインに、なんか大変なことが起こってるワケじゃないよね ?」という私に

「連絡待とうよ」とムッシュ。

ほぼ会話がないまま、やたらとゆっくり進む気がする時計ばかり見ていた。








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検査を終え迎えに行くと

「緊急手術を勧めます。それも今夜、これから。」

「腹腔内は出血でいっぱい。内臓が血でプカプカ浮いている状態」

「何かが破裂している」



何も言葉が出て来なかった。

ムッシュが「よろしくお願いします」と言っていた。









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夜10時、開腹したばかりだという先生から電話が入った。

とても丁寧に、そして慎重に言葉を選んで細かく説明をしてくれた。


「はい、はい」と答えていた私の言葉はいつの間にか嗚咽だけに変わっていた。


病名は「肝臓がん」

肝臓の9割が侵されていて、手の施しようがないという。

全身への転移も見られるとも言っている。

「どうして」「なんで」それだけが頭の中をグルグルとまわっていたような気がする。









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深夜1時、また先生から電話が入る。

今、少し麻酔から覚めてきたと。今日は、このまま付き添って泊まって診てくれるらしい。

出血し、吸引した血液の量は3リットル。これは非常に危険なことだと言われた。

術後、数日間の入院が必要になると事前に説明されていたけれど

「一秒でも長く、一秒でも多く飼い主さんのそばにいさせてあげて欲しいから、明日、迎えに来れないか?」

と言われる。

先生のその言葉の意味に、私たち夫婦は深い深い闇へと落ちて行った。







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結局、夫婦で一睡もできず、翌朝 仕事へ向かった。

たいした仕事もしていないのに、休めない自分に腹が立った。こんなに長い一日は初めてだった。

ブッ飛ばして病院へ向かった。









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迎えに行く前、電話で先生から、完全に麻酔からは覚めているけれど

ぼんやりしていて、自力では歩けないと聞いていた。

担架用のタオルケットを用意していった。

病院のドアを開けるやいなや、診察室の扉を鼻でグイっと開けて、シッポをブンブン振って

小走りに私の胸に飛び込んできたレイン。

待合室で、人の目もはばからず、名前を呼び続けて抱きしめて泣いた。

ムッシュも一緒になって、ごちゃごちゃになって、団子になって抱き合って夫婦で泣いた。

グッタリとしていたはずのレインが、すごいパワーで飛び出したのを見て驚く先生とスタッフ。



「やっぱり飼い主さんの力はすごいね。どんな治療もかなわない」












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でも、状況はとても厳しいものだった。



メスを入れて分かったことが、血液は通常空気に触れると血餅といって固まり

止血や損傷部の回復へと作用するはずなんだけれども、レインの血液はサラサラで、この血餅ができない。

腫瘍とは別の免疫などによる大きな疾患を抱えている可能性が高いが、それを詳しく検査することは先生が

勧めなかった。


「今はとても元気そうに見えるけれど、明日には体力も気力も50%落ち、

翌日にはまた同じくらい落ちると思います」と先生。



そんなに残された時間は短いの ? うそでしょう。











20101104094844cf5 レイン イマジンサッカー

12月に、検査専門センターの定期健診でたくさん検査を受けたじゃないか。

なんの異常も見られなかったじゃないか。

この手術だって、術前検査では「肝臓の数値、問題なし」だったよ。

ここ数年ぶんの医療記録を引っ張り出して、また見直す。

「見るのやめなさい。キミの不安がみんなに伝染するよ。出来るだけのことはやったんだ」

と私の頭をなでたムッシュ。











20100811080726003レインラベンダー

いつから具合が悪かったの ?

本当はどれだけツライ日があったの ?











20120318201645fdd レインとニコパパ

退院したその日から、不安をよそに思いがけなくいつもと変わらない生活が戻った。

元気いっぱいで、足取りも軽く、私のあとをついてまわり

食欲も旺盛でトイレも外でちゃんとする。

手作り流動食に食事が変わり、安静にさせるためトイレだけのサンポになりほんの4,5分という

短いサンポになってしまったけれど、手術前と何も変わらない生活。










img_7fd7c94bb880a513eb90a32b04e7b4bdf7d31b4e 夜さんぽ

介護になるだろうと、介助ハーネス、ペットおむつや、尿とりパッドなど思いつくものを片っ端から揃えたのに

なにひとつ、介護も介助も必要がない。

手術をしたことがウソみたいだった。










DSC_3983レインの術後

術後の痛々しい傷跡も、これっぽっちも、まったく気にするそぶりが無かった。











DSC_3943おむつ

薬の副作用で大量の尿が出てコントロールできなくなり、おむつを使うことにしたのは術後3日目。







DSC_3961おむつも可愛い

初めてのおむつ生活もなんの抵抗もなく、おとなしく受け入れたレイン。

家族になった日から、空気をよく読む子で、まったく手がかからない子だったけれど

こんな時ですら、手をかけさせない子だった。










img_0e72969e4ca1bcc6e454a52635a005f28bd48588病院が好き

診察に行くたびに元気なレインを見る先生とスタッフは、ただ、ただ驚いていた。

「すごいでしょう先生 ! 」と自慢げに何度も言った。

でも先生は、それに答えることはなく、聴診器を当て、静かに診察をすすめ 

「素晴らしい時間を過ごしてくださいね」と、ただ優しい微笑みを向けてくれるにとどまっていた。








DSC_3997寄り添うふたり

2階の寝室を使うことをやめ、レインと一緒に1階で寝ることにした。

レインはいつもの寝室に行きたがるそぶりをみせたが、必死に阻止した。

「5月の軽井沢旅行、一緒に行こうなー」「ゴロゴロしよーなー」「美味しいモノいっぱい食べようなー」

毎日毎日、レインに語りかけていたムッシュ。













DSC_4280仲間

レインを小さい頃から可愛がってくれた友人が、事情を聞いて飛んできてくれた。

ムッシュは、残された時間が短いことを話し、友人の前で号泣していたと聞いた。

男同士でみんなで泣いたと聞いた。

知らなかった。










20120317220010352友達

レインにと、わざわざお守りを持ってくれた友人もいた。

あまりの突然のレインの事実にみんな、一緒に泣いてくれた。










201112062157441e3君がいるから

レインを心底 可愛がってくれた母が、仕事で留守の日中の間だけ毎日、通いで面倒みさせて欲しい

と言ってきてくれた。

夫婦共働きの私たちにとって、母の気遣いはとても助かった。

ウチの犬たちは、死ぬほど母が好きだ。その愛は凄まじいモノがあり

聞いたことのない声をあげ、まとわりつく。それは飼い主の立場が危ういほどだ。

でも今回ばかりは、それに感謝した。

レインは案の定、みるみる元気になった。

実は治ってきてるのかもしれない。 


奇跡の時間が術後2週間続いた。

ずっーーーと、こんな日が続くような気がしてた。











20111128093430f99フィルム

4月最後の日の夜9時、突然異変がおこった。

ゴハンもオヤツもサンポもいつも通り済ませ、私の隣で横になっていたレインが突然立ち上がり

フラフラと私の胸に倒れ込んできた。

家族全員がそこにいた。

そのまま、苦しそうに息をする。「レインっレイン」と声を掛けると倒れ込んだままの姿で

バンバンとシッポを振った。必死に私を目で追っていたその目は次第に焦点がさだまらなくなった。








DSC_4348そばにいたい ノエル

ノエルは、倒れ込んだ時から ひとときもレインのそばを離れようとしなかった。








20111214083548ff7行かないで

「レイン、置いてかないで」 

すがりついて泣いた。

5月1日、午前1時半。私の腕の中でひとりで虹の橋へと旅立ってしまった。









20101103171612716レイン イマジン

結局、最後の最後まで なにひとつ介護もさせてくれなかった。

なにひとつ手をかけさせず、駆け足で逝ってしまった。





息を引き取ったとき、突然、窓の外で大雨が降った。

レインを二度目の飼い主から引き取った時も、家族として迎えに行った時も雨だった。

葬儀場で出棺のときになると雨が降り出し、その後はパーと晴れたと思ったら

お骨になったレインを抱えた時も突然、雨が降り出した。



母が「レインがありがとうって言ってるのよ」と言った。










20120412211029b02影

幼い頃、信じた人間に裏切られても、傷つけられても

人を信じて、ひたすら人に愛情を傾けたレイン。

キミたちを守るつもりでずっといたけれど

いつも助けられていたのは本当は私の方だった。

私はレインを死なせてしまった。












20111206143131134家族

キミと過ごした4067日。

イタズラに怒ったり、うんざりしたり、笑いころげたり。

私は本当に幸せだった。 










20111206215744b6d大切なもの

ねぇ、レイン。キミもちゃんと幸せだったのかな ?









レインとの日々

キミのいない場所にまだ残る キミのいた感じ。

キミの居た場所に漂う、私の視線と心

まだなにひとつ、レインのモノは片づけることができず、

いつもレインと歩いたサンポ道では、レインが一緒にいるようで突然涙が出てくるけれど

ちゃんと前に進めています。だから私はだいじょうぶ。心配しないでね。




レインを可愛がってくれたブログ友達のみなさん。

たくさん、たくさんの愛をありがとう。

もっと早く伝えたい人がたくさんいたけれど、どうしても言えなかった。

苦しくて、つらくて、ダメだった。

ごめんなさい。










支離滅裂で、まとまりのない報告になってしまってごめんなさい。

でも、少しづつ、いつものブログを更新していくつもりです。

レインの葬儀のこと、病院での秘話は、もう少し時間を置いてから、何かの役に立ってくれればと

記事にしていこうと思っています。










レインを可愛がってくれてありがとう !
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