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地震 追記 





朝6時半。連絡のつかなかった弟が実家に帰ってきたと連絡あり。

近くに住む義姉夫婦の無事も確認。

家族の無事を確認出来て、ひと安心。

職場で割れた窓ガラスでケガをしたスタッフも、縫うことにはなったけれど無事帰宅したとも連絡あり。


地震発生したのが午後3時頃。 最悪なのが地震が発生してから暗い夜の時間へと突入することだった。

長い夜の闇は、人を更に不安へと導く。

しかも、寒の戻りで夕方から急激に冷え込む東京。

自力で歩いて帰る人々の群れ。

東京から4時間で千葉に入ると、幹線道路を歩いて帰る人はだいぶ減っていた。

千葉の方が停電が目立ち、信号が動かず、道路はパニック状態でした。

幕張では液状化現象が起こっていて、ところどころで車が埋まっていた。

途中、夜の暗がりの中、寒さに震えながら歩く子供連れの妊婦さんを発見し、声をかけて

この道しか車は通れないので、この道でよければ乗らないかと言うと泣きながら「すみません。お願いします」と言われた。

歩いたほうが早いくらいの渋滞ぶりだったけれど、車ならば暖かいし、テレビで情報収集も

出来たので、いくぶんか良いだろうと思った。

その先で、また ひとりのスーツ姿の老人を見かけたので声をかけ車に乗せた。

千葉は、船橋、習志野は停電で真っ暗闇。

やっと千葉市まで来て、開いているコンビニを発見。大きな段ボールに手書きで

「お気軽にトイレお使いください」「トイレ使えます」と書いてあった。

コンビニの人が、入ってくる人 すべてのお客様に「御苦労さまです。大丈夫ですか?」と

声をかけてくれていた。涙が出そうだった。

コンビニは、飲み物以外は何も無い状態だった。飲み物も温かいモノは売り切れていた。

食べ物はお弁当はもちろん、カップめん、パン、お菓子までもが完売していた。

そのコンビニで、妊婦さんと老人は車を降りた。



自宅近くは停電もなくオシャレなレストランが営業していて 中では食事を楽しんでいる人が見えた。

とても不思議な光景だった。



結局、一睡もできず朝を迎えたけれど、車に乗せた妊婦さんと ご老人から無事に家についたと

わざわざ電話を頂きました。本当によかった。



会社を出て、家へと向かう時。 車のガソリンは3分の2くらいあったのに

動かない渋滞で、どんどんガソリンが減っていってすごく不安だった。

思わず声をかけて、他人を乗せてしまったけれどガス欠になって、返って不安にさせたらどうしようと、胃がキリキリした。


こんなに恐ろしい経験は初めてでした。

すごく心配していた、ごんたむ家も無事と確認できてホントに嬉しい。

フィガロ家もジャッキー家も優&心ちゃん家もラッキー家も無事でよかった。

災害時、i phoneはホント使えないと再確認。ドコモはさすがです。

でも、なんといってもマンパワーが何よりの支えです。




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