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キミという光 







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我が家の長老で長男のノエルは

まだ私が独身の頃に、家族に迎えた犬でした。










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当時、私が勤めていたペットショップで ジステンパーウィルスが大発生し

店舗にいたすべての犬たち、20頭以上が命を落とすという悲劇がおこり

唯一、生き残ったのが愛犬、ノエルでした。










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なぜかノエルだけは、まったく症状が出ていなかったものの

獣医師の診断の結果、キャリアであり、いつ発症するか分からないということで

店舗や本社から離れた専用の建物に、1年近く隔離されていたノエル。

1日中、絶え間なく吠える声が遠く離れてても聞こえ、世話に訪れるスタッフから


「元気ですけど、まったく食事を取ってくれず いつもゲージを登って脱走しているんです。

呼んでも逃げ回るし、とにかく声が枯れるまで吠え続けます。

痩せていくし・・もう、どうしていいのか分かりません。」

と、泣きつかれたのです。










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ペット部門に籍は置いてたものの、多角経営の会社だったので

私は、他の部門の仕事に追われている日々の中でした。

とはいえ、ペットで起こっていることは把握しているつもりでしたが

相談を受け、様子を見に行ったノエルは 案の定 短い足でサークルをよじ登り脱走していましたが

シッポを千切れんばかりに振って、すぐに飛びついてきました。

その日から、私が世話をするようになりました。










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仕事中に時間を作っては、ノエルの隔離部屋へと訪れ

休みの日は、1日中ノエルと一緒に隔離部屋で過ごすという日々が

1年近く続きました。 

いくつかの季節を隔離部屋で一緒に過ごし、もうすぐ一歳を迎えるという ある冬の日。

私はひとつの決断をしました。










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「この子、私の家族にします」


当時、ペット部門の最高責任者であった常務に直接 そう伝えました。


「・・・この先、生きれるか分からないんだぞ ? いいのか ?」

迷いなく「はい」と伝えると

「そうか。 わかった。 じゃ、安くしてやる。27万な」


・・・この後に及んでアコギな上司に 心の中では「クソッタレ !」とつぶやきましたが

営利目的のペットショップで、生き残っていき、スタッフの給料を確保するためには 

ある側面から考えればこんな冷淡さは必要なのかもしれません。










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クリスマスに近い、寒い冬の日に家族になったので。

伝染病犬舎の唯一の生き残りで、1年近くひとりぼっち隔離されてたノエル。

気持ちが華やぐクリスマス。でも、どこか静粛な気持ちとの隣り合わせなクリスマス。

この時の気持ちを忘れたくなくて

フランス語の「ノエル」から命名。










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小さい頃から 家族も呆れるほどの無類の動物好きでしたが

住宅事情でもっとも大好きな犬は飼うことは叶わず

やっと飼える環境になった頃でした。


でも、実はダックスはまったく候補にあがってませんでした。

エアデールテリアかワイヤーフォックステリアが飼いたい !! と

その性質も知らず、見た目だけで夢をふくらませていた バカまっしぐらの私。

そんな私が念願の犬を迎えたのがダックスのノエルでした。

















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ノエルを迎え、私の生活は一変しました。


相変わらず、仕事は激務で毎日 帰りは深夜12時をまわり

週1の休みもままならないけれど

ノエルと一緒に過ごすことが楽しみで とにかくその時間の確保に力を注ぎました。

私の人生に光をくれた。 それがノエルでした。










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「・・・こんなに賢いのか・・・」


家族にして、すぐにそう思いました。

人の話にジッと耳を傾け、よく理解し、まったく手のかからない子でした。

コマンドを与え、見事にこなすという「芸達者」という賢さではなく

車に乗ると、自分でパワーウィンドーのスイッチを押し、窓を開けて 風を感じてたり

高速道路に乗ったとたん、自ら助手席に戻り「もう窓開けちゃダメなんだよね」と

寝る体制に入ったり

駐車場で「P (バック)」に入れると、すぐに膝から助手席へと移動して

「ジャマしないよ」とこっちを見てたり。

おでかけしようかと言うと、喜んで自分の洋服をくわえて持ってきたり。










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夫婦で趣味の釣りに行くと、竿の真ん前で場所を取り

釣り糸の垂れる先を何十分でも、釣れるまでジッと待つ忍耐力も。



ある暑い夏、レンタルDVDを返そうとノエルとシャンプーを車に乗せ店に向かった。

返すだけの短い時間とはいえ、車のエアコンを切るのはためらわれた。

車のキーを差したまま、エンジンをかけ 「すぐ戻るから !」 と店に入った。

1~2分で車に戻ると、ノエルが中からドアロックをかけていた !

「うああああーーー !!」とパニックになる私。

カバンも携帯もすべて車の中。

「なんで乗らないの ?」と不思議顔のノエル。

あわてて、店に戻り 事情を話し、電話を借り 覚えていた実家の番号を押す。

夫に店に来てくれるよう電話してと頼んで電話を切る。

超パニック。

暑い炎天下の中、外から車の中のノエルに向かって叫ぶ私。

異変を感じて吠えだすノエル。

「ノエル ! そこ ! そこのロック解除押して !!」

・・・もちろん、そんなこと教えたことなどない。分かるはずがない。

でも、ひたすらジェスチャーと大声で繰り返す私。

・・・数分後、ノエルがロックを解除してくれた・・・・・



・・・・こいつ、天才だ・・・。

夫も母も大笑いした。

そんなノエルの武勇伝は数えきれないほどある。










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短い足が愛しくて、すべてが愛しくて

どこへ行くのもノエルと一緒でした。 本当にどこへでも。

独身で実家にいながら、母との確執が広がるばかりで 口を聞かなくなって数年経っていたけれど

いつしか その間をとりもってくれたのもノエルでした。

私の孤独を埋めてくれたのもノエルでした。










ノエルと夫

夫と同棲を始めた頃。

犬がキライな夫と、

その生い立ちからか、極度に人間の男性と犬を怖がり逃げ惑うノエルとの

奇妙な生活が始まりました。

上手く距離を開けて生活するふたりに変な感心をしていたものの

あっという間に、ふたりはベッタリになり ノエルは私より夫に寄り添うほどになりました。

3年も、頑なに男の人と犬を避け続けていたのに・・・










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犬との生活がこんなに素晴らしいだなんて。

心からそう思わせてくれた。










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ノエルが教えてくれた犬との暮らしの素晴らしさに味をしめ

どんどこ毛むくジャラーが増えましたが

寡黙で冷静でおとなしいノエルは、素直に受け入れながらも

弟たちがルールを破った時の 制裁ぶりはそれは見事でした。

一発でみな降伏し、一番小さいノエルだけど 全員が一目置く存在に。










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3歳の時、腹膜ヘルニアになり手術をするも

術後3日目に縫ったところが破け、再手術に。

でも、その再手術後 数日でまた破けるという事態に。

とくに責め立てたワケではなく、どういうことなのか知りたかっただけなのに

当時の掛かりつけの獣医は「うちの責任じゃない」の一点ばりで診察を拒否され

泣きながらノエルを抱いて、信頼できる獣医探しに奔走。

そして心から信頼できる 今の先生に出逢いました。


生まれつき、腹膜の筋肉が弱く 縫合に耐えられないと知らされ

手術はやめ、上手く付き合っていく生活方法を指導された。

近い将来、排泄障害が起こる可能性が高いとも言われ覚悟もしていた。

この頃からてんかん発作も出始めた。










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11歳。定期健診で心臓僧坊弁膜症と診断され

これより、毎日、心臓病の薬を飲むことになる。










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13歳の夏、両耳の聴力を失う。

今まで以上に私の行動に目を見張り、小さな私の仕草も見逃さない。

今までと変わらない生活を続けようとするノエルの姿に涙した。










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ノエルと暮らしてから、たくさんの友達が出来た。

ノエルがいなければ、出会わなかったであろう大切なトモダチ。

ノエルがいたからブログをはじめ、そこでツナがったトモダチに

私は、感謝してもしきれないぼと、たくさん支えられた。










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ノエルと暮らしてから、私の世界は広がった。

仕事ではなく、一緒に過ごす時間を大切に思うようになった。

仕事も変えた。

ずっーーと一緒にいたいと心から願った。

でも、一緒に入れる時間は永遠じゃないとも分かっていた。









DSC_0553ノエ爺の言葉

10歳を越えたあたりから、毎年 夏が鬼門になった。

年々、暑さが厳しくなる夏が来るたびに体調が悪くなり

病院通いが長引くようになった。

年を増して、厳しくなる暑さは 思った以上にノエルの高齢の体に大きなダメージを与えた。

夏なんて無くなればいいのに !! いつもそう思ってた。

「もうお爺ちゃんだもんね。何があってもおかしくないよね」と

夫婦でいつも覚悟しているつもりだった。

先生からは、患っている心臓も 今は軽い状態だが 

この病気はある日突然ガタンと悪くなるのが特徴だと説明されていた。

腹膜ヘルニアで、お腹を破って大きく下がった腸も 近いうちに排泄障害が出ると言われながらも

16歳の今まで、まったく障害は出なかった。

たくさんの病気と実に上手く付き合うノエルに、先生も舌を巻いていた。

私の自慢の子だった。










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そんなノエルに異変が出たのは、7月、ノエルが大好きな私の母の誕生日旅行に行って

一週間後のことだった。

事情があり、今年の春から母が忙しくなり 母とほとんど会えなくなった。

月に4,5回は会っていた母とは、数か月に一度になってしまった。

久しぶりに一緒に母と旅行したノエルのハシャギっぷりは凄まじく

普段まったく歩かないノエルが、スキップで母と一緒に歩きたがった。

もう、とにかく片時もそばを離れず母にまとわりついた。

いつも以上のアイラブぶりで、夫も私も苦笑いするほどだった。










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旅行中もモリモリとご飯を食べていたノエルが

旅行から帰ってきて一週間後、突然ご飯を拒否した。

もともと偏食で、ご飯を食べさせることには悩まされ続けてきたノエルだが

なんだか様子が違うように思えた。

理由はない。ただ直観的に。

2日間、一切食べ物を拒否する。 元気はある。 トイレも問題なし。

大好きなオヤツは少し食べる。

食べなくなって3日目、食事は相変わらず食べないが、大好きなオヤツをあげると

口の中に入れ、細かく歯でちぎって そのままペッ ! と出す。 で、食べない。

オヤツを変えてみたり、 オヤツや肉をミキサーにかけてみたり

すり鉢ですりつぶしてペースト状にしてみたりするが

どれも匂いをかいで、興味はありそうなものの食べようとしない。

その日の夕方から、胃液を吐く。

すぐ病院へ行き診察してもらう。










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「旅行疲れかな ? でも、細かく検査しましょう」 と言われ

検査結果が出る夕方まで自宅で待機する。

ノエルはとても元気で食べてないのに、ウンチとおしっこもちゃんと出る。

食べない以外は、普段と変わらない生活だった。

そう、キミはいつものキミのままだったんだよ。















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